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【アラベスク】  第8章 荊の城



第3節 窮鼠、鶴を噛む [11]




 あと三日。あと三日でどうしろと?
 目の前が暗くなる。どうやって副会長室を出たのかも思い出せない。
 小童谷先輩、何やってんだろ?
 確認すべく教室へ向かえば、不幸な事に不在を告げられる。
 どこへ? 必死の思いで探し回り、やっとの思いで裏庭情報を手に入れた。
 聞けば、山脇瑠駆真の姿もあったとか。
 ひょっとして、説得しているの?
 だがそこに、もう一つの情報。
 大迫美鶴の姿も、裏庭で見かけた。
 なぜ?
 ひょっとしてあの人、小童谷先輩を妨害してる?
 廿楽から受けた重圧が、緩の思考を極端に狭める。
 思えば、小童谷先輩は自信満々だった。絶対に山脇瑠駆真をお茶会へ誘うと言っていた。
 なのに、いまだに承諾させてはいない。
 なぜ? 誰かが妨害しているとか?
 誰が?
 ――――大迫美鶴。
 考えてみれば、彼女さえいなければこんなことにはならなかった。そうだ。彼女がいたからこんな事になった。自分が廿楽に責められるのは、彼女が居るからだ。
 大迫美鶴がいなければ、山脇瑠駆真は彼女に執着することもなく、そうすれば自分が義兄の恋路に協力するなどといった、無理な画策に(あぐ)ねる事もなかったのだ。
 裏庭で目撃された、小童谷と山脇と大迫美鶴。ひょっとして、彼女が小童谷を妨害しているのでは?
 あの人、表立っては疎ましがっているけど、本当は山脇瑠駆真と金本聡、二人を横に(はべ)らせて優越感に浸ってるんじゃない?
 そうだ。だってあんなにカッコいい男の人に言い寄られて、嬉しくない人なんているはずないもの。

 愛していますよ

 耳元に響く甘い囁き。切なく、優しく、緩を捕らえて離さない。
 求めに応じてくれるのなら、それが幻影であろうと亡霊であろうと、もはやそんな事はどうでもいい。そこまでのめり込んでしまうほどの、まるで麻薬のような甘美な至福。
 それがこの現実世界で、しかも二人の男性から囁かれる。普通なら手放したくはない。
 緩ならそう思う。
 そう。どんな手段を使ってでも、手元に(とど)めておきたいと思う。
 だからきっと大迫美鶴も―――
 緩の住む、狭い世界の限られた概念。
 あの人も、本当は山脇瑠駆真を手放したくはないのだ。だからきっと、私たちを妨害しているのだ。

「私を、怒らせたいの?」

 廿楽の重圧が緩を責める。
 今もきっと、小童谷先輩を妨げようとしている。そうだ、きっとそうに違いないっ!
 肥大する妄想。

「なんとかしなさいよっ!」

 廿楽の茨が責めたてる。
 裏庭に行かなくては。
 なんとしても、大迫美鶴を止めなくてはならない。
 もう緩に、周囲は全く見えていない。ただ一心に、裏庭を目指す。
 大迫美鶴を止めなくてはっ!

「小汚い会計事務所のバカ娘が、軽々しく声など掛けてこないでよ」

 また周囲に蔑まされる。

「顧客に国会議員? それはまあずいぶんと質素な事務所ですこと」

 野望や欲といったものにあまり執着しない父親。その謙虚な仕事ぶりは、華やかな世界ではあまりに非力。唐渓という世界では、上を目指さなければ(おとし)められる。あっという間に虚仮(こけ)落される。
 このままでは、またあの頃の生活に戻ってしまう。
 なんとしても、大迫美鶴を止めなければ。でなければ、緩は唐渓では生きていけなくなる。
 私は負けないっ!
 午後の裏庭。二人の少女の視線がぶつかる。
 渾身の力で美鶴の腕にしがみつく緩。
 ここで離したらすべてが終わる。







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